まず、なぜ「待った方が得」と言われるのか

繰上げ返済をすると、2つのことが同時に起きます。

  • 利息が減る(減らした残高 × 適用金利のぶん)
  • 控除も減る(減らした残高 × 控除率のぶん)

控除額は年末残高 × 控除率で決まるので、年末より前に繰上げ返済すると、 その年の控除額がそのぶん小さくなります。

つまり、控除率が適用金利を上回っている間は、繰上げ返済で減らせる利息より、失う控除の方が大きい。 これが「待った方が得」の根拠です。

100万円を繰上げ返済した場合の、1年あたりの損得を金利別に計算します。

適用金利減る利息減る控除差引
0.475% 4,750円 7,000円 −2,250円
0.6% 6,000円 7,000円 −1,000円
0.9% 9,000円 7,000円 +2,000円
1.2% 12,000円 7,000円 +5,000円

控除率0.7%(2022年以降の入居)の場合。計算エンジンによる算出値です。

金利が控除率0.7%を下回る間は差引がマイナス、つまり 繰上げ返済すると損という関係が数字で確認できます。

2022年以降に入居した方の控除率は0.7%、2021年以前に入居した方は1.0%です。 いまの変動金利は1%を下回っていることが多いので、この関係が成り立つ人は少なくありません。

例外1:控除が所得税額で頭打ちになっている人

ここが一番よく見落とされます。住宅ローン控除は「納めた税金が戻る」制度なので、 その年の所得税額を超えて戻ることはありません。 所得税で引ききれない分は住民税から引かれますが、住民税側にも上限があります。

たとえば年末残高3,000万円・控除率0.7%なら、計算上の控除額は21万円です。 しかし所得税と住民税を合わせて15万円しか納めていなければ、戻るのは15万円までです。 差の6万円は受け取れません。

この状態を「控除が頭打ちになっている」と言います。頭打ちの人が繰上げ返済をすると、どうなるか。

残高が減っても、計算上の控除額が納税額を上回っている限り、実際に受け取る控除額は変わりません。 つまり失うものが無いまま、利息だけが減ります。

この場合、「控除率が金利より高いから待つ」という理屈は成り立ちません。 繰上げ返済を先送りする理由がなくなります

どのくらいの年収から頭打ちになるのか、実際に計算します。 年末残高3,000万円・控除率0.7%(計算上の控除額は21万円)の場合です。

年収所得税額住民税からの控除上限 受け取れる上限実際の控除額判定
400万円 85,763円 86,500円 172,263円 172,263円 頭打ち(37,737円を取り逃し)
500万円 138,345円 97,500円 235,845円 210,000円 満額
600万円 204,710円 97,500円 302,210円 210,000円 満額
800万円 466,086円 97,500円 563,586円 210,000円 満額
1,000万円 803,016円 97,500円 900,516円 210,000円 満額

所得税額は年収からの概算(社会保険料15%・基礎控除のみ)です。扶養や他の控除があれば納税額はさらに小さくなり、頭打ちになりやすくなります。

表の「判定」が頭打ちになっている行の方は、 繰上げ返済で残高を減らしても実際に受け取る控除額は変わりません。 失うものが無いので、「控除率が金利より高いから待つ」という理屈は成り立ちません。

なお、扶養控除や医療費控除、ふるさと納税を使っている方は納税額がさらに小さくなるため、 上の表より頭打ちになりやすくなります。

例外2:期間短縮型で返済期間が10年を切る人

住宅ローン控除には「償還期間10年以上」という要件があります。 繰上げ返済(期間短縮型)の結果として返済期間が10年未満になると、控除は打ち切りです。

残り11年のローンを期間短縮型で2年縮めると9年になり、その時点で控除が消えます。 残っていた控除が年15万円×3年なら45万円の損失で、繰上げ返済で減らせる利息を大きく上回ることがあります。

これを避けたい場合は返済額軽減型を選ぶという手があります。期間は変わらないので、 10年の要件に触れません。詳しくは借り換えで住宅ローン控除はどう変わるかをご覧ください。

例外3:控除期間がもう残っていない人

当たり前ですが、控除期間が終わっていれば天秤にかけるものがありません。 失うものが無いので、繰上げ返済の判断は純粋に「その資金を他に使う予定があるか」だけになります。

「待つ」と決めた場合、その資金はどこに置くか

控除期間が終わるまで繰上げ返済を待つ、と決めたなら、次に考えるのはそれまでの数年間、その資金をどこに置くかです。

普通預金に寝かせておくのも一つの判断ですが、その場合「控除率と金利の差」で得た分が、 インフレで目減りする可能性はあります。一方で、値動きのある商品に置けば、 繰上げ返済したいときに元本が減っている可能性もあります。

ここに唯一の正解はありません。ただ、「繰上げ返済を待つ」という判断は、 自動的に「その資金の置き場所を決める」という判断とセットになることは意識しておいてください。

そもそも繰上げ返済は「必ず得」ではない

総支払額だけで比べると、繰上げ返済は金利が正である限りほぼ必ず「有利」に出ます。 ただしこれは繰上げ返済が優れているのではなく、比較の軸が手元資金の機会費用を無視しているだけです。

繰上げ返済は、手元の現金を「確定利回り=適用金利」の運用に回す行為です。 変動金利0.6%なら、0.6%の確定利回りを買っているのと同じ意味を持ちます。 それが良い選択かどうかは、その資金に他の用途があるかで決まります。

  • 教育費や修繕費など、数年内に使う予定がある → 手元に残す判断に合理性がある
  • 使う予定がなく、値動きも取りたくない → 繰上げ返済は分かりやすい選択肢

試算ツールでは、この点を明示するために繰上げ返済を借り換え判断とは別枠で表示し、 想定運用利回りを入力すると機会費用を差し引いて比較できるようにしています。

判断の順番

  1. 控除は残っているか。残っていなければ、控除は判断材料から外れる
  2. 控除は満額受け取れているか。所得税額で頭打ちなら、繰上げ返済で失うものは無い
  3. 期間短縮型で10年を切らないか。切るなら返済額軽減型を検討する
  4. その資金に他の用途はないか。数年内に使う予定があるなら手元に残す

この4つは、いまの残債・金利・年収・控除の残り年数があれば判定できます。 試算ツールで、繰上げ返済した場合としない場合の控除額の差まで含めて確認できます。